共食いキャラクター


 
「とろろ」さんよりいただきました。ありがとう。スーパーのチラシにいたという共食いトリ。

もう完全にシェフ気取り。表情もいっちょまえ。下に人間のコックもいるんだけど、役割と位置関係からみてどうしたって彼の方が格下。

びっくりするのは、羽でオタマを持つことができるという点。昨日今日の共食いではなさそうだ。


 
2010年最初のご紹介は投稿いただいたもの。拙著「共食いキャラの本」をご購入いただき、なんと
「紹介されたものを楽しむだけでなく、自らも研究をしなければいけないという使命に駆られました」

という高瀬さんからです。だいじょうぶでしょうか。コメントをご紹介しましょう。
うなぎという珍しさもさることながら、自ら仲間を調理し「おいしいよ!」とまでのたまう非情さも見逃せません。焼かれている仲間の痛々しいことと言ったら。妙につぶらな瞳も印象的です。

法被とハチマキ、団扇のようにパタパタさせているヒレ、飛び上がる眉など、まるで縁日の屋台のように陽気です。

正直同情できないくらいだと思いましたが、あまりに白々しい笑顔を見ると、彼もこうしなければ生きていけないのだろうか、と思いを巡らせてしまいました。

確かに、きみの胸びれはそういうことをするためのものじゃないだろう、と苦言を呈したくなる。

それにしてもうなぎの共食いキャラはめずらしい。うなぎ屋さんには必ずうなぎが描かれているのだが、たいていシルエットなど図案化されたものがほとんど。キャラ感に欠けるうなぎ界において、この共食いキャラ、貴重である。いや、共食いキャラはいなくなった方がよいので、貴重とかそういうものではないのだが。

しかし、「彼もこうしなければ生きていけないのだろうか」という感慨を持つとは、高瀬さん、もうすっかり共食いキャラ研究家だ。



大晦日である。今年の締めくくりにふさわしい共食いキャラはなにかと考えたのだが、とうぜんそんなものはない。ならばいっそ、およそ大晦日らしからぬものを、と思い選んだのがこれ。沖縄の共食いウシである。

こんがり日焼けして、どうぞどうぞと仲間の肉を食わんとする人間をご案内。何も考えてなさそうな雰囲気がいかにも共食いウシらしい。

ほんとに大晦日らしからぬ内容で満足です。来年もよろしくお願いします。



赤い。革命である。

仲間の肉がたっぷりと入ったカレーをウインクしながら賞味。とびちる汗。掲げたスプーンは光り輝く。文字通りの共食いである。

やはり、ぼくとしてはこれはやらされているのであって、ウシ本人が好きこのんでこんなことをやっているのではないと思う。だって、鼻輪しながらカレー食べるって、難しそうだもん。



食肉専用冷凍車の後ろ手仲間の肉を掲げ、その新鮮さをアピールする共食いウシ。

共食いキャラには蝶ネクタイをするものが多いのだが、どうしてだろう。彼もまたそれらしきものをしている。

いや、これはもしかしたら、ちいさいブロック状になってキャンディ包みされているカツオのおつまみかもしれない。あれ、最近見ないよね。

ともあれ、彼のうすらピンクの地肌はどうだ。というか、下あごがウシ離れしている。よく見たら右手も変。その上に乗ったものも謎。



牛タン料理の看板にいた共食いキャラ。ウシだ、と思って撮影したがずっと見ていると分からなくなってくる。これはほんとうにウシだろうか。ウシであってほしいようなそうでないような。

とくに口元の造形が不思議なことになっている。このお店がタン料理専門だということと考え合わせると、ちょっと不吉な想像をしたくなる口元だ。

共食いキャラ研究をやっていると、とかく不吉なことばかり考えるようになってしまいます。



いかにも共食いウシらしい。ブタなどに比べると、ウシはほんとうに脳天気。仲間の肉を売ることにどうしてそんなに積極的になれるのか、と感心するほどだ。

この彼もなぜかユニフォームを着込んでの共食いプレイ。背番号は1。

忸怩たる思いなどみじんも感じさせない笑顔。共食いウシのマスターピースといえよう。



脳天気で有名な共食いウシ。どいつもこいつも陽気にサムアップなどしがちな彼らだが、このウシは珍しい。人間に不満表明の表情である。

というか、共食いキャラと一緒に人間が登場するケースも珍しい。同胞の肉を食えと勧めさせる側の人間が、共食いキャラと同じ場所にいるというのにはさぞかし勇気がいることだろう。この看板の彼はどうやら酩酊状態のようだが、たしかにしらふじゃやってられないだろう。



クリスマスですね。せめて季節にふさわしい共食いキャラを、と収集したものの中から探したのですが、やっぱりそんなものはありませんでした。すまん。いや、ぼくは誰に対して何を謝っているのか。

さて、これはいかにも共食いウシらしい。ウインクしながら舌なめずり。力強いサムアップもまぶしい。

「三千里」といえば母をたずねるものだが、共食いウシの母の多くは既に…いや、言うまい。

脳天気でならす共食いウシ。良心の呵責の痕跡を探すことも難しい、いっそ清々しい表情だ。

ただ、眉毛の太さが気になる。



クリスマスイブですが、今日もこうやって共食いキャラを鑑賞しています。寂しくなんかありません。

さて、大阪は北新地の焼き肉屋店頭。ただの黒い看板かと思いきや、なんと鋼鉄の共食いウシ。取っ手を鼻輪に見立てるという巧みな演出に感心している場合ではない。

ぼくの見るところ、本来の体は人間に食されてしまい、いまこういう機械の体でよみがえったということなのだと思う。メーテル、またひとつ星が消えたよ。

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